ESDの視点に立った幼児教育の実践を
もともとは音楽関係の仕事をしていましたが、実家が代々幼稚園を経営しており、4代目として引き継ぐことになりました。幼稚園教諭一種免許状は通信で取得しましたが、実際に自分が園長となって運営していくにあたって、大学院で論文を書くことを通して経験値を上げたいと思い3年間学ぶことにしました。
在学中に着目していた研究は「幼児教育におけるE S D(E d u c a t i o n f o rSustainable Development)の実践」についてです。「持続可能な社会づくりの担い手を育てる」「環境問題や人権問題など社会的なテーマを考え実践していくことを身につける」というESDの考えが、小中高、大学の教育現場では浸透しているにも関わらず、幼児教育の現場ではほとんど知られていませんでした。そこで未来のために幼児教育の中でどのように実践していくべきかを考察することにしたのです。その中で注目したのが、「皮膚接触コミュニケーション」です。子ども、親、保育者といった幼稚園に存在する多元的な関係者間で手をつなぐなど、言葉ではなく皮膚の温もりを通した非言語のコミュニケーションを交わすことにより、相手とのつながりを感じられ、その経験や記憶が、持続可能な地域づくりに寄与するのではと、ESD実践の1つとして修士論文のテーマに選びました。
卒業後も運営する園で皮膚接触コミュニケーションの実践を続けていましたが、コロナ禍となった2020年はそれが叶わなくなりました。閉塞感が漂う中、子どもたちにどうにかしてわくわくする経験をつくれないかと模索し、「異文化交流プログラム わくわくオンライン」を企画。フィリピン、ニュージーランドの子どもたちと園児をオンラインでつなぎ、互いの国の文化や伝承遊びを伝え合うプログラムを実践、また海外施設の保育者と合同研修を行いました。図らずもESDに直結する取り組みとなり、大きな手ごたえを感じましたね。大学院時代の恩師に背中を押していただき、この取り組みをまとめた報告書を提出したところ、日本人2人目となる、世界OMEP(世界幼児教育機構) 主催ESDアワード2021を受賞することができました。
大学院に入って特によかったと思うことの1つが、視野を広く持てるようになったことです。教授からの教え、様々なバックボーンを持つ仲間との出会い、保育だけでなく、政治や哲学、自然など、幅広い分野の文献を読み学べたこと。これらの経験によって、自分の立ち位置や園のことを客観的に見られるようになりました。もしも大学院に入っていなければ、自分の園の世界がすべてで、主観でしか保育をできていなかったかもしれませんね。
次世代の育成に心理学を活かし日本の介護職の未来に貢献したい
田園調布学園大学で介護福祉を学び、卒業後は介護士として働いてきました。日本だけでなく、アメリカ、デンマーク、フィリピンなど、海外の介護現場も経験し、天職だと思えるほどの大きなやりがいを感じていましたが、次第に「経験を活かして後進の教育に携わりたい」と思うようになり、そのためにはもっと深く学ぶ必要があると感じて、大学院への進学を決めました。
心理学を専攻したのは、私のように介護の仕事が大好きという人がいる一方で、精神を患い辞職する同僚を何人も見てきて、この差がどこで生まれてしまうのか疑問を抱いていたからです。これまでに介護士の「ストレス」や「燃え尽き症候群」といったマイナス面の研究は数多くされていますが、プラス面の研究がまだまだ少ないということを知り、今後必ず求められるテーマだと思い「介護職員の満足感と有能感」について研究することにしました。
心理学は初めてで基礎からのスタートでしたが、介護職との共通点も多く、たくさんの気づきを得ることができました。仕事を続けながらの研究はもちろんハードでしたが、それ以上に学びの多い充実した2年間でしたね。教授との距離が近く、授業外でも職場で感じた疑問を打ち明けることがありましたが、いつも親身になってくださいました。高齢者との関わりは少ない分野の先生がほとんどでしたが、悩みを抱える同僚への声のかけ方や、アプローチ方法など、いただいたアドバイスを活かせることが何度もあり、福祉の現場での心理学の必要性を体感しました。
修士論文を書き上げて強く感じたのは、やはり教育がいかに大切かということです。研究を通じて、介護職員の満足感や有能感が相関し、高齢者と接する中で影響を及ぼし合う可能性があることが明らかになりました。知識を詰め込むだけの勉強ではなく、自分の頭で考え、心で感じて、声に出すことで「自分自身を客観的に見つめる力」を養うことが、現場に出てからの満足感へとつながると考えています。
ご縁が重なり、この春から田園調布学園大学の人間福祉学部で助教を務めています。試行錯誤の毎日ですが、さっそく心理学の視点を交えて授業を展開することを心掛けています。これからも探求を続け、“自分自身が輝きながら、真に高齢者に寄り添える介護士”の育成に尽力したいです。